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☆★☆ コズミック・ディスクロージャー ★一なるものの法則 11~15★ ☆。・:*:・゚`★

April 17, 2018

宇宙が全一的である一方で、有機的な連携の下に成立しているというこの性質が、UFOがこの地球に到来している目的を研究する者に対して、最良の情報を与えているように思えます。
多くの証拠から、それらが数千年もの間この地球に到来していることは明白です。

少なくとも、UFOは多くの奇妙な光景と共に聖書を含む初期の歴史の年代において言及されています。

UFOに関する現在における興味は、公正に見て米国ワシントン州のレーニア山におけるケネス・アーノルドの歴史的目撃報告に始まったと言えるでしょう。
UFOに関する議論の為に、1947年6月24日におけるケネス・アーノルドの目撃例と並ぶ、極めて信頼のおける目撃証人によって報告されたもう一つの初期の歴史的な目撃例として私が選びたいものは、ドン・エルキンスとも関係の深い、1948年1月7日におけるマンテル事件があります。

トーマス・マンテルは、熟練のパイロットでアフリカ、ヨーロッパ、そして、最も有名なノルマンディ上陸作戦の飛行ミッションに参加した経験がありました。

1947年において、彼は米国陸軍航空隊を出て、米国ケンタッキー州ルイビルのボーマン飛行場にエルキンス-マンテル航空学校を開設しました。
1947年において、ドン・エルキンスはこの学校の最年少の生徒でした。

1948年1月7日の午後2時頃のことでした。

ケンタッキー州警察は、フォートノックス陸軍基地に電話し、憲兵隊に円形の飛行物体がその地域を、やや速い速度で移動しているところを目撃したことを報告しました。
憲兵隊は、フォートノックス陸軍基地内にあるゴッドマン飛行場の司令官に電話し、法手続きに基づいて、オハイオ州のライト飛行場の飛行運用状況が調べられました。

目撃情報を説明できるような、実験飛行が実行されているかどうかを調べたのです。

ライト飛行場では、全く飛行がなされていませんでした。
その間、フォートノックス陸軍基地のゴッドマン飛行場の管制塔は、既に円盤形の物体を目視でもレーダーでも確認していたのです。
そして、報告書が作成され、直ちに司令官へと届けられていたのです。

その最中、四機のF-51航空機が、アトランタの近いジョージア州マリエッタからケンタッキー州ルイビルに向かう途上で、その空域を飛行していたのです。
それらは既に飛行中だったので、ゴッドマン飛行場の司令官は隊長とコンタクトを取って、そのUFOを調査するよう求める決断をしたのです。

その隊長が、トーマス・マンテル大尉だったのです。

マンテルはゴッドマンの管制塔からレーダーの方位を指示され、UFOに向かって移動して行きました。
彼はその物体を視覚に捉え、彼よりも低速で移動していることを確認しました。
そして、更なる確認の為に接近しようとしたのです。

その時、マンテルは管制塔からその物体が、今は彼の上方にいることを知らされたのです。
それは、金属製のように見えました。
そして、その大きさは途方もないものでした。

マンテルの搭乗機を含む何(いず)れのF-51航空機も、酸素を用意していませんでした。
マンテル以外のパイロットは、高度15,000フィート(訳注:およそ4,600メートル)を維持しました。

マンテルだけが上昇し続けました。
マンテル大尉からの、最後の通信がありました。

数分後、飛行機が墜落したことを知らせる電話がありました。
墜落したのは、マンテル大尉だったのです。
彼の遺体は、残骸の側に横たわっていました。

数千件にも及ぶマンテル大尉のケースのような、何か非常に奇妙なことが起こっていることの反駁の余地のない複雑で具体的な証拠を含む目撃例について、上部(うわべ)だけでも説明しようとするならば、一冊の本が書けるほどの時間を費易ことになるかも知れません。

レーダーによるUFOの確認例は、たくさんあります。

イリノイ州エバンストンに本拠を置く、UFO研究センターによって出版された一冊の書籍があります。
その書籍は、もっぱらUFOが残した土壌中の放射線、土壌組成の変化、地表面の着陸跡などの膨大な物理的な痕跡を扱っています。

同じ組織が保有しているコンピューター装置は、80,000件以上の報告を含むUFOに関する情報プログラムを扱っています。
このコンピューター装置”UFOCAT”を用いることによって、いくつかのことが驚くほど明確になりました。

例えば、もし、UFO目撃地点においてUFOの着陸跡の寸法を計測したならば、そのコンピューターを用いることによって、着陸したUFOがどのような特徴を有するものであったかを描出することが可能なのです。
その為に、目撃者は、そのコンピューターが何を既に知っているのかを、ある程度は確信することができるのです。

とはいえ、これは形而上学、哲学、地球上の人類の物理的、そして、スピリチュアルな進化計画に関する、非常に正確な性質のメッセージを書き写した書籍の導入部なのです。
従って、私が提案したいことは、私達のグループが数年を通じて収集した研究成果のいくらかを、皆さんと分かち合うことなのです。

これらの実例は同じグループに由来するので、私達は誰がこの情報を受けたのかを記載することはしません。
何故ならば、私達は情報を伝える人物よりも、伝えられた情報そのものが重要であると感じているからです。

私達のグループと話をしていて、多くの年数を他のグループと話をしているハトンと呼ばれる存在によれば、少なくとも私達の空に目撃されるある種のUFOがこの時期に地球に到来する目的は、災害に遭ったり、著しく貧困化した国に援助の手を差し伸べるに当たって、私達が抱く目的と非常に似ているのです。
それは、奉仕したいという願いなのです。

(訳注:ここからはカーラではなく、ハトンなる存在が語る内容になる。)

我々は、貴方方の言う非常に長い年数の間、惑星地球の人々と接触して来た。
我々は数千年の間隔をおいて、我々の援助を探し求めていた人々と接触し続けて来た。

今や、この惑星の多くの人々にとって、我々との接触を受けるべき時である。
我々の接触を受けるべき人々は、長きに亘(わた)ってこの惑星における諸々(もろもろ)の事象を思索するに当たって、囚われて来た物質世界の幻想の外側に探求すべき何かがあると理解しており、その探求を望んで来たのである。

我々を刺激し続けるプロセスは、自己発生し続けるものなのである。
より多くの人々が我々との接触を望めば望むほど、その恩恵を受けることになり、その恩恵を他の人々に分け与えることになる。
そして、そのような情報を分け与えられ受け取った人々が、今度は我々との接触を受け取る為のバイブレーションに、十分に波長を合わせることが可能となる思考や理解の状態に至ることができるようになるのである。

我が友よ。
これが、接触が働くメカニズムなのである。

もし、その存在が我々との接触が可能になることを望むのであれば、彼が自分の思考の結果としてあるバイブレーションとなることが先ず必要である。
このことは、このような初期段階を達成した人々がグループを作ることによって顕著に加速化される。

そして、それは、最終的には瞑想を通して達成される。
言葉を換えるならば、波動を高める思考システム、及びスピリチュアルな目覚めへの願望を確立した人物によるチャネリングによって、その存在は言葉による接触を受け取ることになるのである。

無量なる一なる創造者に奉仕する我々惑星連合のメンバーは、誠に遺憾ながら、貴方方の惑星の地表に降り立って、我々による奉仕を望む人々を教導することはできない。

しかし、我が友よ。
我々が以前に言ったように、この時代において我々の奉仕を望まない人々にとって、そのような行為は甚だ害悪なのである。
そして、我々は、我々による援助を望む人々にさえ、理解を及ぼす効果が非常に薄いという事態をもたらすことを恐れている。

我が友よ。
理解とは、内側から来るものなのである。

我々ができることと言えば、その内側からの気づきの到来を手助けすることだけなのである。
我々は、示唆することしかできないのだ。

我々はこのような援助活動を、自分自身の思索活動を内面へと転じようとしている、愛の唯一の源泉である内面へと向かおうとしている、一なる創造者が我々全てと一つであり、存在するもの全てと一つであり、一なる創造者の故に全てが存在することを理解しようとしている人々に、援助を試みようとしているのだ。

我々は、貴方方の惑星の歴史の中で、今、この時特別な奉仕を通じて貴方方と接触するという、またとない特権を与えられている。
非常に偉大な時期である故、偉大な移行期間にある故、地球上の人々の多くが混乱の状態から単純な理解 : 一なる創造者は愛であるという理解に上昇させられるであろう。

(訳注:ここからは、カーラが語る内容となる。)

ハトンは、物質世界の幻想の外側に何かを探し求めようという私達の願いについて語っています。
彼が言葉巧みに語っていることは、しばしば、ラーが呼ぶところの無量なる一なる創造者に奉仕する惑星連合のメンバーによって、”根源的思考”として言及されます。

これは、我々の言葉で言う”愛”の別の表現ですが、この”愛”という地球の言葉より遙かに多くの意味を包含しています。
その言葉には、統合という意味も含まれています。
そして、この統合は私達同士を単なる親友や兄弟姉妹と見なさず一なる創造者として、私達お互いを一なる創造者として見なす故に偉大なのです。

この概念は、テレパシー現象の中核にあるのです。
ハトンはこの概念について、また、一般的な意味で言う根源的思考の概念について語っています。

(訳注:これより再び、ハトンなる存在が語る内容となる。)

この時、私は貴方方が暮らしている場所の遙か上空の宇宙船の中にいた。
この時、私は貴方方の思考内容を観察することができた。

我が友よ。

この行為は、貴方方の幾人かにとっては、侵害行為と見なされるかも知れない。
しかし、私はそうではないと貴方方に確証する。

我々のこの惑星地球上の人々の思考内容を知る能力は、貴方方の思想や行動を侵害するようには設計されてはいないのである。
我々は、他者の思考内容を知っているということをもって、それが侵害行為だとは見なさない。
何故ならば、我々はこれらの思考内容を、我々のものであると見做すからである。

我々は、これらの思考内容を一なる創造者の思考内容と見做すのである。

我が友よ。
貴方方にとって、愛というものは、思考の性質に他ならないと思えるかも知れない。
そして、兄弟愛は、我らが一なる創造者から発せられた思考ではないと思えるかも知れない。

そうでは有り得ない。
我が友よ。

全ての思考というものは、一なる創造者から発せられたものなのである。
生起した全てのものは、一なる創造者から顕(あらわ)れたものなのである。

一なる創造者は全てのものの中にあり、全ての場所に存在し、全ての意識あるものの中にあり、全ての思考の中にある。
これらの全ては、一なる創造者の思考として存在するのである。

一なる創造者の無限なる部分は、全て自由意志を保有している。
そして、全ては全ての意識あるものが選択する様に従って、全ては出現するのである。
一なる創造者のあらゆる部分は、その完全、かつ無限の感覚によって、全ての創造物と交信しているのである。

我々は、一なる創造者のお考えを変えようとしているのではない。
我々は、一なる創造者のお考えをより分離した部分へともたらし、一なる創造者がそれらを精査して評価できるようにしているに過ぎない。

我が友よ。
私は孤立した部分と言うのだが、何故、我々はこれらの部分を孤立していると見做すのであろうか?

我々は、これらを孤立したものと見做す。
何故なら、我々の視点から察するに、その孤立した部分は、我々が慣れ親しんでいる被造物の大部分に浸透していると我々が見い出した概念から、大きくその歩を踏み外しているのである。

我が友よ。
我々は、惑星地球上の人々が彼らの経験や実験によって、その考え方において孤立し、我々が自分達の経験して来た、一なる創造者がもたらした創造による膨大な到達に慣れ親しんでいるという事実から、彼らが分離してしまっていることを見出している。

我が友よ。
我々が貴方に何をもたらしたかを、思い出してもらいたい。

これより貴方は、自分自身の物質的存在の内に優勢である境遇が創り出す片隅へと、戻って行くことであろう。
しかしながら、私は敢えて言いたい。
貴方が学んだことを記憶に留め、それを得る為に貴方が力を尽くしたそのことを忘れないようにと。

貴方は、いつでも貴方の必要とすることと望むことを変えていくことができる。
物質的幻想から、父なる一なるものの創造した本当の貴方という存在へと。

貴方の目的が、この物質的幻想に依存している限り、この幻想に優先的な法則の虜(とりこ)とならざるを得ない。
もし、貴方の望みが貴方が学んでいることを適用することに変化し得るならば、貴方は無限なる一なるものの創造の内へと上げられ、貴方を物質的な幻想へと引き戻している片隅から、貴方自身を救い出す偉大なる能力を保有するに至るであろう。

(ここからはカーラの発言)

これらの言葉を読んだある人にとって、それが語るところの考えは、実用的とは思えないかも知れません。
また、多くの者がニューエイジ、或いはアクエリアス/水瓶座の時代と呼んでいるものを議論するには、あまりにも観念的に過ぎるかも知れなません。

確かに、惑星全体が、哲学的にそれほど悪くなっているとは思えないかも知れません。
私達が自分達の面倒を見る為に進化している以上に、その生命体は進化しているのです。

とはいえ、私達が哲学の”宇宙的”システムの心臓部を探求していくに連れて、私達は、少なくともそれを単純化し過ぎることなく、短絡的に教条主義に陥ることなく十分に倫理的に、十分に有益に、それが明確かつシンプルであることを見出すことになります。

(ここからハトンの発言)

我が友よ。
地球上の人類は創造を評価する上で、近視眼的になってしまっている。

人類は彼らを取り巻いている、シンプルにして美しい生命の真の意味について理解していない。
人類は生命の発生と再生について、その真価を認識していない。

人類は、自分達が呼吸している大気が、植物生命体により循環していることを学んでいる。
植物生命体により大気が再生され、人類とその他の生物の生存を補償していることを知っている。

この学びの事実は、この惑星に住んでいる大多数の人類が神学というより、テクノロジーを演習していることを意味している。

彼らの子供達に与えられている、彼らの全ての欲望に対して与えられている、完全な状態を彼らに与えている一なる創造者のご計画について、人類はまだ気づいていない。
地球上の人類は、彼らが何であるかに関する正しい気づきを失っている。

我が友よ。
そして、何故(なにゆえ)、人類はこの気づきを失っているのか?

人類は、彼らが保有する機材や発明にのみ注意を払っているが故にそれを失っているのである。
人類は、彼らの外にある慰(なぐさ)み物やアイデアによって惑わされているのである

人類は、その精神において幼いのである。
人類は彼の精神が創り上げる幻想への囚われから真のリアリティへの気づきにもう一度立ち返るならば、このこと全ては非常にシンプルに治療可能である。

この治療に必要なことは、瞑想のプロセスを通して真のリアリティの気づきへと、自分自身を用立てることである。
というのは、このプロセスが人類の活発に動き回って止まることを知らない意識的な精神、惑星地球上で長きに亘(わた)り発達して来た外的幻想のうちに、絶えず刺激を求め続ける精神を鎮めるのである。

こうして直(ただ)ちに、人類は真の創造の機能の内に、真のリアリティの気づきへと復することができるのである。

我が友よ。
もし人類が真のリアリティとは如何なるものかを知りたいのであれば、地球上の人類はこれに復さねばならない。

このシンプルな、絶対的な愛へ至る瞑想に。
一なるものへの統合へと至る瞑想に。

たとえ、表現することがお互いに異なろうとも、彼らが如何なる存在であろうとも、人類同胞と共にこの統合に至らなければならない。
というのは、これこそ貴方方の一なる創造者の本来のお考えなのである。

(ここからカーラの発言)

父なる一なるものの創造、ハトンはこう呼んでいますが、それは非常にシンプルな性質のものであり、その内では、愛が万物の本質でありその働きなのです。

この”真の”創造は未だに私達の精神のほとんどにおいて、最大限働いてはいないのは明らかです。
何故なら、私達は、同盟がしばしば幻想として言及する日常の雰囲気の中に暮らしているからです。

(ここからハトンの発言)

我々、無限なる一なる創造者へ奉仕する惑星同盟は、古くから、リアリティの多くの原理に気づいている。
我々は、これらの原理に気づいている。
何故なら、我々は貴方の惑星の人々がするように、貴方の為に我々を用立てているからである。

それは、今、貴方が経験している幻想を完全に消し去る瞑想を通じて可能となる。
その幻想は、全ては分離しているという幻想を創り出すのである。

それは実際には何であるかという、貴方と事物との分離を創り出すのである。
幻想とは、そのようなものである。

我々は、貴方に瞑想について語り続けている。
我々は、貴方方に何度もリアリティについて、愛について、理解するということについて、語って来た。
そして、未だに貴方は、この幻想を克服できているようには思えない。

我が友よ。

幻想の原因というものは、地球上の人類が自ら創り出しているのである。
人類は、自分達の欲望から、それを創り上げているのである。

この幻想は、有用である。
それは、その内面においてそれを経験し、それを用いることによって素早く進化しようと望む人々にとっては、非常に有用である。

貴方の惑星を巡っている我々の多くは、この幻想の潜在的可能性の利用という理解を創り出すことを通して、貴方と同じ経験を分かち合おうと望んでいるのである。
貴方の幻想の内にあろうとする機会を、分かち合おうとしているのである。

これが、スピリチュアリティを進化させる方法なのである。
そして、この方法こそ、我が同胞の多くが探し求めて来たものなのである。

(ハトンの発言)

私は、貴方の幻想の内に潜む潜在的可能性の本性について、理解することができるようになることの必要性を強調してし過ぎることはない。
そして、対象を捉えてから、それについて考えを表明しようとするまでの一連の反応の最中の自己分析と瞑想によって、我々に生起するものは我が一なる創造者の思考なのである。

このことは、貴方がイエスとして知っている教師によってなされたのである。

この男は、彼の地位を認識していた。
彼は、幻想という現象を認識していた。

彼は、この幻想の内の潜在的可能性の原因を知っていた。
彼のこの幻想の内の潜在的可能性と活動への、彼の反応を認識していた。

その幻想とは、一なる創造者の思考を、愛の思考を表現しているのである。

貴方の精神の内面に、貴方が経験しているのは幻想であるという幻想を、その幻想は、貴方を教導するが為に、貴方を取り巻いているという幻想を最大限保つように。
もし、貴方がその幻想が教導するところのものに気づくならば、それが唯一の貴方への導きになり得るのである。

”彼は、神秘的な方法により、彼の内の不思議な出来事に働きかける。”と言われている通りである。

この方法は、神秘的に思えるかも知れない。
とはいえ、それはスピリチュアルな進展の道程なのだ。

多くのソウルが、貴方が貴方自身の内に見出す幻想を経験している。
とはいえ、この幻想を進展させるべく用いている者は少ない。

彼らは無意識レベルでそれを実行しているに過ぎず、意識的にそれを実行するには至っていない。
何故なら、彼らはこれを実行できる可能性を探求することにより、自分達自身をそのように用立てていないのである。

スピリチュアルな進歩の為に、貴方が物質世界において貴方自身の内に見い出している幻想を利用できる可能性に気づいたならば、貴方に及ぼす影響に関わりなく、貴方は一なる創造者の愛と理解を表現する為の知識を用いるという次のステップへと進む必要がある。

(ここからカーラの発言)

気づきを得た時、瞑想はいつも理解を得る為の最善の方法であることが分かって来ます。
瞑想は、スピリチュアリティを進歩させるのです。

幻想の性質に対する理解をもたらすのです。
そして、貴方が、その幻想を体験している目的を理解するに至るのです。

各人は、もし、望むのであれば、自身のより迅速な進化をもたらすよう、瞑想中において意識を用いるべく幻想、或いはゲームに参入するのです。
しかし、私達が自身をそのプロセスが起こる地点へと連れて行く方法は、しばしば非常に困難です。

私達はどのようにそれを把握し、どのようにその始まりに気づけるのでしょうか?

(これよりハトンの発言)

我が友よ。
貴方が受け取るものの鍵は、貴方の望みにある。

もし、貴方が何かを望むならば、貴方はそれを受け取ることになる。
これは、一なる創造者のご計画なのである。

一なる創造者のあらゆる部分たるこのご計画のうちに、貴方方はその望むものを受け取ることになるのである。

実際、非常に多くの事例において、反対のことが起こっているように思える。
それは、逆説である。

しかし、このように言わざるを得ない。
それは明らかに、望んだ故に実現した結果なのである。

我々は言う。
例外なく、人はまさしく、彼が望んだ通りのものを受け取るのである。

我が友よ。

恐らく、貴方は望みというものを、理解してはいまい。
恐らく、この理解は、理性の内にはないのである。
恐らく、貴方の本当の望みが如何なるものかに気づくには、貴方は瞑想に多くの時間を費いやす必要があるだろう。

というのは、我が友よ。
貴方の現時点での幻想における個人的能力が、今、気づいているよりも遙かに多くの貴方、そして、創造という領域が広がっているのである。

この惑星の人々にとって、彼らの幻想を手放すことは非常に難しい。
彼らが信じていることが原因、及び効果となるという先入観を手放すのは非常に難しい。

とはいえ、それは真実ではない。
これは、幻想なのである。

幻想の誕生なのである。
この惑星上の人々が創り出している複雑さの、単なる産物なのである。

我々と共に、貴方の思考をそのような複雑さから分離する業に参画するがよい。
そして、貴方を創り出しているものに気づくがよい。

貴方が経験しているもの全てに、気づくがよい。
貴方が考えているもの全てに、気づくがよい。

貴方の一なる創造者に、気づくのだ。
一なる創造者の望みに、気づくのだ。

貴方が一なるものの望みに気づく時、貴方は、貴方自身の望みに気づくであろう。
貴方と貴方の一なる創造者は、一つだからである。

貴方は、一なる創造者のあらゆる部分として一つであり、貴方の同胞全ては一なるものの創造全てを通して存在しているのである。
貴方が一なるものの望みを知る時、貴方はそれを感じるであろう。

その時には、如何なる混乱も消えているだろう。
如何なる疑問も、湧かないであろう。

貴方は、貴方が探し求めて来たものを見い出すであろう。
貴方は、一なるものの愛を見い出すであろう。

というのも、これが貴方の一なる創造者の望みなのだ。
一なる創造者のあらゆる部分が、その一なるものの愛を表現し経験するのだ。
そして、この一なるものの愛のうちに、貴方は創造されたのである。

このことは、瞑想において簡単に見い出されるであろう。
貴方方の理性では探すこと能わざるところに、貴方方の精妙なる計画、或いは貴方方の注意深い記述や口述においては、表現すること能(あた)わざるものが貴方を単純で純粋な真実へと導いていくのである。

(ここからはカーラの発言)

同盟のメッセージは、探求と願望の概念に大いに集中しています。
そして、各存在の意志は各存在の進化の為の探求に、絶対的に集中していると感じています。

実際、彼らは自由意志が宇宙の基礎であると言っています。
各存在は、一つの統合の部分であるだけでなく、総体として、この統合の唯一の部分であるとも考えられています。

各個人の自由意志は、まさしく最高のものであり、同盟の関心事はいつも如何なる個人であろうが、その自由意志を侵害することを避けることなのです。
彼らが地球上の人間にコンタクトする方法は、この自由意志に対する深い関心に沿う形でなされるのです。

(ここからハトンの発言)

我々は、貴方方に我々の理解していることを押しつけようとは思わない。
貴方に伝えていることは、我々が貴方方に直接コンタクトした時に伝えようと考えていたことなのだ。

私達は、貴方の理解を助けることはできない。
というのは、我々の真実に関する言及は、貴方方の多くにとって価値あるものとして受け入れられるだろうからである。

我々は、我々の考えが、一なる創造者の真実を究極的に代表するものであるとは思ってはいない。
我々は、この情報を、彼らがそれを自分達の意志で受け入れるか拒絶するかできるような方法で、貴方方に提供したいのである。

我々が理解するところによれば、これは全ての人類のスピリチュアルな進化において必要な規定なのである。
進化のある段階において、彼は自分の進化にとって必要なことを受け入れることも、拒絶することも可能な状態が保証されるべきなのである。

このようにして、或いはこの唯一の方法によって、彼は真実を、一なる創造者の真実を、それが創造のただ一つの真実だと、創造の愛の真実だと知り得るのである。

それは、内より認識されねばならない。
それは、外より刻印され得ない。

我々は、貴方方を、彼らの内にこの真実を探し求めようとしている者達を、鼓舞しようと試みているのである。
我々は、我が一なる創造者の原理に関する我々の理解するところによって、隠れたままでいるように要求されている。

というのは、我々は個別には奉仕することができないのである。
また同時に、そのような行為を通じて、彼の隣人に我々の存在を証明してしまうことによって害をなすことができないのである。

というのは、惑星地球上の多くの者は、現時点では、我々の存在を信じようとはしないし、証明しようとは思わないからである。
この理由の故に、我々は、このような通信手段を通じて探求しようとする者に、話しかけることが必要だという理解に至ったのである。

我々は、彼らが自分自身の為に自分自身の言葉で受け入れるか拒絶するかを評価するようなやり方で探求する者に、我々がもたらす考えを与え、我々全てがその内に存在している創造のリアリティについて、理解を与えることが必要であるとの理解に至っている。

(ここからカーラの発言)

このメッセージを受け取るという願いが発達するや否や、実際にメッセージが利用できるようになります。
私達のグループだけでなく、世界中の所謂(いわゆる)コンタクティーやチャネリンググループにも、利用可能になるのです。

実際、貴方は哲学上の宇宙の仕組みについての新しい発見は、ほとんどないでしょう。
それの概念は、基本的でありながら、奥深くかつ単純なのです。

同盟は、瞑想と学習-理解というシステムの大いなる到達点の一つの為に、その名を頂いているのです。

(ここからハトンの発言)

今という時代においても、貴方方の多くは外側に自分達の幻想を探し求めている。
この人々の探求の為に、我々は我が理解するところのものを提供するのである。

我々は、我々が究極の智慧を得ているとは言うまい。
我々は、価値があると思われるものを提供しなければならない立場にいると、示唆するのみである。

というのは、我々は、我らが経験において、地球上の人々の如く同じ経験を通り抜けて来たと理解しているのである。
その道程は、奉仕の道を探り当てるに最も有益であったのである。

我々は、今夜、ここにいる器を通じて、探し求める人々に理解を与えようとしているのである。
我らが存在意義は、探求を鼓舞することにある。

このプロセスを通じて、我々は我々とのコンタクトを望む貴方の惑星上の、できるだけ多くの人々にコンタクトすることを望んでいる。
我々は、極(ごく)近い将来、理解することを望んでいる貴方の惑星上のより多くの人々と、コンタクトできると希望している。

様々な種類の人間がいる中で、このような貴方の惑星の人々にコンタクトするのは困難である。
しかし、一人でも、我々がコンタクトすることが可能であれば、我々はその努力をする価値があるのである。

我々は、今の試みを続けるであろう。
真実に気づくに至った貴方の惑星の人々が、十分な数に達するまで、この者のような器を通じて語りかけ続けるだろう。

我々は引き続き、多くの通信手段を通じて、地球上の人々に単純明快なメッセージをもたらす努力を続けている。
この単純明快なメッセージは、全てはそこにあり、それは愛であるという単純明快なメッセージと共に、彼らの元にもたらされるのである。

(ここからカーラの発言)

しかし、理解するということ、その理解するということは、私達に無限なる一なる創造者の愛を表現しています。
そして、それは、何にも増して瞑想というプロセスを通じて、遙かに容易(たやす)く可能であることが、何度も何度も示されています。

(ここからハトンの発言)

重要である情報もあれば、そうではない情報もあるのである。

我が友よ。
智慧へと至る道は、孤独なものなのである。

貴方は智慧というものは、苦しみの内に獲得するものだという真実を受け入れねばならない。
その智慧と共に貴方は、真の創造というものはエネルギーの業であり、貴方が望むという行為は、このエネルギーに方向づけを与えるものであるということを、注意深く学ぶことになるのである。

我が友よ。
貴方が知っていることに、貴方が学びつつあることに信を置くがよい。

貴方の信を、貴方の理解を、瞑想を通じて育てるのだ。
この道程を進めば進むほどに、我が友よ、より多くの意義を、この一語即ち瞑想に見い出すことであろう。
それは少しずつ、単純なプロセスとして始まり、やがてそれは、貴方の日常となるのである。

貴方自身のスピリチュアルな道程に沿って貴方が進歩していくのを貴方の内に観察するのだ。

(ここからカーラの発言)

コンタクティーのメッセージの中に頻繁(ひんぱん)に示唆されていることは、内面観察の探求者は、自己を知る探求の道に従事していない人よりも、いつも楽しそうにしていることが多いということです。

とはいえ、瞑想と探求の道には他の実りがあります。
それは、予知能力が身につくということと、これらのメッセージをチャネリングした人々に対して、注意を向けるべく引き込まれていくということです。

(ここからハトンの発言)

我が友よ。

他の者に奉仕することは、自己へ奉仕することになることを記憶に留めておくがよい。
奉仕とは自己にのみ奉仕するものではないと、我々が言っていることを記憶に留めておくがよい。

よそ者と同胞との間に、何の相似性が認められようか?

同一性があるのみである。
同一性にこそ、完成と統合があるのである。

それ故、羊の群れにネガティブな感情を向けているのならば、それは、自己に、そして、一なる創造者にネガティブな感情を向けていることになるのである。
このようなネガティブな感情を抱えたまま、自分自身への、一なる創造者への奉仕を試み、他者への奉仕へと向かう時、貴方が演じていると思い込んでいる完全なる奉仕に傷をつけ、汚点を残すことになるのである。

各々の個人は完全なる自由な存在であり、そのアイデンティティが貴方と共にある限り、その独立自由は揺るぐことがないことを記憶に留めて置くべきである。

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