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☆★☆ イエス:ヨシュア(Jesus)からのメッセージ ★愛に意識を集中して、皆さんの内部で高まる安らぎと充足を喜ぶ★ ☆、。・-*-・゚`★

June 11, 2017

あるのは、ただ愛だけです!
私がこの神聖なる真実を繰り返し伝え続けている理由は、それが繰り返す必要があるものだからです。

全ての皆さんがその日々の暮らしの中で、携わり関与する皆さん自身に気づくその人間の状況が、皆さんの本質がそれ自体を表現する余地をほとんど残すことがない理由は、皆さんは一般的に、そこに現れる情緒と問題点に、かなり巻き込まれているからです。
皆さんは、日々、皆さんの内なる聖域である内面に向かい、その愛に溢れようとする意図、どのような状況が現れようとも、ただ愛に溢れようとする意図を新たにする為の時間を取ることが必要になります。

皆さんはそれを行うことができますが、しかし、皆さんは多くの場合、そうすることを選択しません。
何故なら、皆さんの自我は、皆さんの細心の注意を惹きつけている、その話し合い、議論に、或いは言い争いに“勝つ”ことを目指して、皆さんが防御的に、そして、攻撃的に関与するように働き掛けるからです。

その結果として、皆さんは、果てしなく繰り返される閉じた回路の中で、同じような古く痛みに満ちたゲームを演じている、皆さん自身に気づく傾向があります。
後になって皆さんは、それがいつもそのように見えることを、不思議に思います。
それでも皆さんは、それを変えることができます。

愛は、役に立ちます。
それは、皆さんがその個人的な空間の上を歩かされるか、或いはその空間が侵害される皆さん自身を、許すことを意味する訳ではありません。

皆さんは、連携が起こることなく、一つの有効な選択肢のようには見えない、外見的に実行不可能な状況の中に留まることが賢明かどうかを決める為に、優れた識別力を用いる必要があります。
今後も、別の党派や他の党派が平和的に、そして、協調的に問題点を議論することがない一つの状況に留まることは、無意味なことです。

関与する人々が、お互いに充分に、そして、穏やかに話し合い、耳を傾ける準備が整うまでは、これからも進歩が起こることはないでしょう。

これは、諦めることではありません!
これは、他の人々に、それが他の人々の選択である時に対立した状態になる他の人々の空間を、認めています。

対立が止むことがあるのは、ただ関与する人々が、その効果に対する非常に意識的な選択を行う時だけです。
対立した一つの状況から離れることは、積極的に人々と対立した状態になろうとする者は誰一人いないことを人々が気づく時に、しばしばその人々を、その感覚に連れて行く支援をします。

対立は、それを持続させる対立が必要になります。

そして、もしも、人々が事実通り安らぎを望むなら、人々は対立に関与することはないでしょう。
そして、対立は他の人々を損なうことを追求する活動に基づく一つの怖れであり、その為人は、平和を確立する為に決して対立を用いることはできません。

もしも、対立が余りにも強引なものであるとすれば、それは一時的な停戦をもたらすかも知れませんが、しかし、その状況を反転させて、その対立を再び始める一つの機会を伺いながら、恨みと敵意を残すことになるでしょう。
しばしば、この刷新を正当化する為にその理由を主張することは、最初の場所でその刷新を引き起こした理由とは極めて異なります。

しかし、一つの対立を開始する、或いは再開する為の正当化は、決して成り立ちません。
対立は、愛からの逃避です。

あるのは、ただ愛、または怖れだけですが、しかし、怖れは実在しません。
その為、実際に、そして、事実通り、あるのはただ愛だけです。

愛からの逃避が最も頻繁(ひんぱん)に引き起こされるのは、羞恥、価値の無さという感覚、そして、そんな者は受け入れ難く愛嬌がないという一つの強烈な感覚、ほとんどの人が意識的に認めることができない一つの状態によるものです。
何故なら、自分自身についてそれを信じることは、極端に苦痛に満ちたものになるからです。

そして、言うまでもなく、それは完全に間違っています。
あらゆる人間が、無限に愛される神の一人児であり、それは決して変わることはありません。

幻影を構築して占拠することによって、人類が経験することを選択した、その分離というゲームは、まさに恥辱的に感じます。
何故なら、それは神の無限にして、徹底的に無条件な愛の一つの完全な排除を指し示すからです。

ただ皆さんだけが選択することができた、一つの排除が造るものです。
しかし、それは幻影それ自体のように、実在せず、架空のものでした。

皆さんに対する、神の愛を拒絶することが不可能である理由は、皆さんの永遠の在り方のあらゆる瞬間に、まさに生命力が皆さんを通して流れるからです。

皆さんは、生きています。
従って、皆さんは愛です。
そして、皆さんは愛である為、皆さんはそれを拒絶することができません。

皆さんにとって、この全てがかなり矛盾して紛らわしく響く理由は、それが全く論理的に意味を成さないからですが、しかし、幻影は幻影的であり、実際に常軌を逸しています。
何故なら、それは存在しようとしない一つの試みになるからです!

皆さんは、人間として生まれ、成長し、年を取り、そして、次に死にます。
しかし、皆さんは、全存在である神と統合され、融合された、永遠の存在です。

その為、皆さんは、死ぬこと、即ち、存在を止めることは、決してできません。
皆さんは、神と一つである皆さんの状態の所為(せい)で、永遠に愛され、守られます。

恐れるものは、何もありません。
恐れるものは実在しませんが、しかし、皆さんの卓越した能力のおかげで、皆さんが人間の身体を占有する間、皆さんが築き上げた幻影は、皆さんには否定できないほど現実的に見えます。

その身体は、皆さんが良く自覚するように、損傷を受けた場合には、強力な痛みを感じることがあります。
皆さんは、皆さんが人間として、皆さん自身に認める限定された知性を利用します。

それは、皆さんの脳の中の、化学的な相互作用の結果のように見えます。
しかし、その限定された知識は、皆さんではありません!

皆さんは、皆さんが占有することを選択したその人間の姿よりも、限りなく更に一層巨大です。
そういった姿は、かなり厳格に制限された時間の一つの人生を持ち、その終わりの時に皆さんは、その身体を横たえて、皆さんの事実通りの姿としての、皆さん自身をもう一度認識します。

永遠に意識的な純粋な、愛という生命の姿です。
そして、それが、大喜びする理由です!

痛みと苦悩は、幻影に属し、そして、皆さんの物質的な姿に付随するものです。
皆さんが、死の中でそういった身体を横たえる時、皆さんはもう一度、今まで皆さんがそこから隠れ続けて来た、愛の領域に包み込まれている皆さん自身に気づきます。
そして、その経験は驚くべきものであり、全面的に言葉で表現することができないものです。

NDE(臨死体験)を経験したことがある人々は、今までその驚きを描写しようと試みて来ましたが、その一方で、その人々はその状態になっていた間に、その人々を包み込み受け入れたその歓びと幸せと愛を、そして、その人々の人間の姿に生還して、その全ての怖れが消え去り、ただ愛だけが残ったことを事実通り説明することは不可能なことを、強調しています。
しかし、皆さんの人間の死が、充分に生きている驚きを経験することを、何故、待つのでしょうか?

その悪夢から目覚める一方で、依然として具体化されて地上の天国を経験する皆さん自身を意図して、それを認めて下さい。
皆さんがそれを意図して、それをただ愛に溢れた状態に維持する時、そして、皆さんが愛である、皆さんの本質を称(たた)えることを選択して、それに充分に携わる時、皆さんの一人の人間としての、人生の認知全体は変わることになるでしょう。

今後、皆さんは、世界の中に居ることになりますが、しかし、皆さんは世界に属することはないでしょう!
神は、世界をそのようにしたことも、皆さんをその中に置いたこともなかったことを、そして、皆さんがそれを行ったこと、また皆さんはその内部にいる間に愛、または怖れを経験する選択ができることを、忘れないで下さい。

皆さんは全て、自分達の人生に満足して、幸せな、そして、何が現れようとも完全に受け入れていている一方で、自分達が触れ合う全ての人々に思いやり、癒し、そして、愛を提示している、親切で、肝要で、愛に溢れた人々に、気づいています。
あらゆる皆さんが、同じような行いを選択することができます。

皆さんを阻止している、または引き止めている全ての物事は、怖れ、及び身の竦(すく)む、“そうだったらどうしよう”に関与しようとする、皆さんの個人的な選択であり、その選択が、皆さんに提示するものに過ぎません。
それは完全に皆さんの選択であり、その場で皆さんが、皆さんの注意を集中させようとする、皆さんの決断です。

愛に意識を集中して、皆さんの内部に現れる安らぎと充足の中で、大喜びして下さい。

皆さんの愛情溢れる兄弟、イエス。

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